
...Tour de France 2000 実況中継|
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7.16(第15ステージ)/7.17(休息日)/7.18(第16ステージ)/7.19(第17ステージ) /
7.20(第18ステージ)/7.21(第19ステージ)/7.22(第20ステージ)/7.23(第21ステージ)
Photos : 第15ステージ アルプス クールシュベルの決戦: パンターニがトップでヒメネスがそれを追う(左)。 |
選手たちはオリエントエクスプレスでパリに移動。最終日のスタート場所はエッフェル塔前。「2000年」という文字が浮き出たエッフェル塔をバックに選手たちがスタートする。レースは、最後のスプリントは、ザベルやヴァインスタインス、マペイの同僚のロドリゲスに先んじて、ザニーニが制した。しかしザベルのグリーンジャージは安泰。
各賞ジャージは、イエロージャージ(優勝) ランス・アームストロング、グリーンジャージ(ポイント賞)がエリック・ザベル、水玉ジャージ(山岳賞)がサンティアゴ・ボテロ、白ジャージ(新人賞=U-25)フランシスコ・マンセボ。
今日スタート前リラックスしていたザニーニからサインをもらっていた。記念になる。
第20ステージ ( 7.22 22:30 )
明日で最後 :エリック・ザベル念願の区間優勝
スタート&ゴールで観戦。最後のスプリントは誰が勝ったのかよくわからなかった。後でザベルだと知る。
ザベル体中で喜びを表していた。写真はスタート前のザベル。
ツールも、あと残すところ1日。観戦に来て、日本人選手が出場していないのが、なんといってもさびしい。オーストラリア、コロンビアなど、ヨーロッパ以外出身の選手は、自国のファンを見つけると、自分から寄っていって、声をかけることがよくある。特に出走前の時に、大声で国旗を振ったりすると、サインをしに、選手自らが来たりする光景をいっぱい見た。
例えばスペイン人。愛国心が強いらしく、エスカルティンでさえ、ITTの直前の精神統一が必要な時ですら、スペインファンから話しかけられ談笑していた。
今後、日本選手も、ポスト今中をめざして、頑張って欲しいと思う。日本人選手がツールに出てくれると、ツールはもっと面白くなる。
本日見た大物?は、ジャン・ピエール・シュベヌモン。フランスの内相だ。彼は、数年前、簡単な手術の際に、麻酔アレルギーで昏睡状態に陥り、九死に一生を得たことで知られている。ミス・フランスも来ていた。
また、本日出会った3人の日本人の人たち。3人とも別々ひとりでツール観戦に来たという。話がはずむ。
第19ステージ(ドイツ・フライブルク):ドイツファンがかり、ランスがウルリッヒを破る ( 7.21 22:30 )
本日のITTは、スタートがドイツのフライブルグで、ゴールがフランスのミュールーズだったため、各チーム、移動が大忙し。スタートは、総合順位の後ろから。だから、調子の悪いチームは楽だ。
例えばCA。ボビ・ジューリックの49位が最高だから、ジューリックが走り終えてしまえば、さっさとチームはゴール地点にみんな移動できる。
でも、上位一桁に位置する選手を抱えたチームは、その選手が走り終わるまで、チームカーが最後まで居残ることになる。
壮観だったのが、ケルメ。チームの上位4人が、総合で13位以内に入っているので、レースの最後になって、4人が一緒に横一列になって漕ぎ出した。
普通は順位がばらけているので、チームカーの前でこぐ練習をするのはせいぜい、1人か2人なのに。エスカルティン、エラス、オチョア、ボテロ、と役者が揃った練習風景、実に華々しい。
ここはドイツ。当然ながら、テレコムへの歓声がすごかった。アームストロングへの歓声は、当然、ウルリッヒへの歓声よりずっと少ない。
アームストロングのTT勝利に、ドイツの人々は(昨日のテレコムのヴィノクロフの区間優勝「逃し」に続き)またまた、ため息したことだろう。
8:15に、ダイニングルームへ行く。多くのテーブルは、既に宴の後。ケルメもコフィディスも、もうとっくに朝食は済ませているんだろうな、と思いながらのんびり朝食。
08:50、突然、ケルメのビダルが斜め前の席に来た。ダイニングは、放射線状の造りになっている。そして、オタカムのヒーローオチョアが突然現われ、9時を境に、ボテロ、エスカルティン、エラスらが来た。
今日はITTなので、いつもよりみんな朝食が遅いらしい。ビダル、ヨレンテ、ボテロ、エスカルティンは同じテーブル。エラスはその隣、私の丁度目の前だ。何気ない風を装って、ひたすら観察。
ビダルが一番よく食べていた。ビュッフェを4往復くらいして、2度目の皿にはパウンドケーキが山盛りだった。それに比べ、エスカルティンはジュースとお皿1つ。ビダルが多めに食べていたわけは、他の選手に比べ、ITTの順番が、早いせいらしい。他の選手は、午後のスタートなので、もう1度、食事を採るに違いない。
みんな、ジュースは必ず取っていた。そして、食べ物を取る時、みんな、全く「何にしようかな?」なんて、迷わない。全員、一直線に食べ物の方へ向かい、他のスタッフが、スイカとパイナップルを迷っていようが、ソーセージとチーズの間を行ったり来たりしようが、彼らは、自分の食べるものが決まっている感じ。
ソーセージやらチーズを取った選手はいなかった。特にエスカルティンは、あっという間に食事を済ませ(というか、ほとんど食べていない感じ)、帰っていく。選手は、ビュッフェの食事以外に、シリアルやドリンクを用意し、自分に合ったものを少しばかり採っているようだった。
ケルメは山岳チームと呼ばれるだけあって、みんな比較的小柄で痩せている。ほとんどみんな、175cm前後60キロ位の体型で、周囲のジャーナリストやスタッフのほうが、遥かに大柄。そんな中に入り、黒いトレーニングジャージを着ていると、(そして、ダイニングの隅でひっそり食事をしていると)本当に目立たない。
1時間半近く、ダイニングで粘ってしまった。レース開始前は、ロビーに、コフィディスとケルメのルックの自転車が並んだ。自転車を見ていたら、タウレルが来た。そろそろスタート前の練習の時間らしい。
そして、みんながみんな、テレコムのジャージ、キャップで歩いている。それはもう、スゴイ景色だ。レースの模様は会場のビッグスクリーンで最後の1時間ちょっと見ていたが、ゴール直前の、ヴィノクロフとコンメッソの一騎打ち駆け引き、お見合いシーンには、会場がどっと「笑い」の渦に。 そして、ヴィノクロフがコメッソを一瞬かわしそうになった時は、ゴールは「歓声」の渦になった。最後の競り合いでテレコムのヴィノクロフが負けた時、コンメッソは会場中の人々を敵に回した。 それにしても、ヴィノクロフ残念だった。ほんのちょっと、コンメッソの方が迫力で優ったか。 レース後、フライブルクの町は、カーニバルになった。オーケストラが出て、広場のビッグスクリーンそばには歩く場もないほど、人が埋め尽くし。 町にテレコムの車が結構止まっていたが、これはチームテレコムの車じゃなくて、電話会社の車。塗装が全く一緒で紛らわしい。当然、当地の公衆電話のブースにも、あの見慣れたテレコムマーク。あのピンクのマークは、ドイツでは生活の一部なんだ。そして、サエコのコーヒーマシンも、ショーウィンドウの中であちこち見かけた。ウィンドーには、サエコのコーヒーマシンとともに、ジャージが飾ってあった。
写真は昨日の英雄デッケル。レース後、ボトルをくれた。
私は、今帰ってきたばかりで、まだ選手はホテルでは見ていないが、ケルメのルームナンバーが貼ってあり、真下の階にいるらしい。エスカルティンは306号室だ。バルコニーに出て、下を見てみようと邪念を起こしたが、下の階は見えないようになっていた。 あっ、今ツールの録画中継番組の途中で、ケルメのCMをやった。運動靴のCMだ。さっきはテレコムの選手がCM(テレコムオンラインのCM)に出てた。あっ、今度は、ブリストルマーヤー(ガン撲滅の内容)のコマーシャルにアームストロングファミリーが出ている。日本でも、こういうCMをやってるとTVも面白くなるのにな。
本日の区間優勝者デッケルが、表彰台とその後のインタビューで泣いていたが、暫くあとで、その涙のわけを語った。ファンの声援がひときわ大きくて、琴線に触れたのだそうだ。そして、それを聞いたファンが、また拍手を贈り、デッケルまたまた感激の表情。 ザベルはまたもスプリンターを制することができず。ヘップナーが先頭集団で、ひとり、リレーに加わらずに、ザベルを勝たせるため頑張ったのだが。 アームストロングの昨日のハンガーノックの原因を監督とヴァスールが語った。実は昨日、ランスは調子が良すぎたせいで、最初のタイミングで食べるのを忘れたのだそうだ。これは、結構あることらしく、調子がいい時ほどハンガーノックに見舞われる、とバスールが証言した。 また、監督とランスが、昨日のハンガーノックの際にずっとイヤホン越しに話していたが、これは何を話していたか?の問いに、「逐一コースの状況、そして、他の選手の状況をずっと彼に伝えていた」とのこと。「困難な時ほど、他の選手や今後のコース概要を、しっかり伝えることが大事」と。 写真はエスカルティン、ビダル、ガルシア・カサス。
そして、「左に曲がる時に、速度を上げすぎた。(そして、右のフェンスに激突。)僕はおおばかだ。ツールのステージにおいて、毎日コンディションがいいということはありえない。区間優勝の機会は、そういつもあるわけじゃない。今日は、すごく調子が良くてイケルと思ったのに。」途中果敢にアタックして、区間優勝を狙っていただけに、残念そう。
本日のレースはクールシュベルからモルズィーヌまで。ヴィランクがウルリッヒに24秒差をつけて優勝。
レース直後、この日、区間を制したヴィランクは、インタビューで、「再び、エルベの素晴らしいアシストに感謝したい。TTの練習はかなりやったので、(本日の5位よりも)総合順位をTTのステージで上げていきたい。自分にとっても、家族にとっても、今日は素晴らしい日になった。」と言た。 その後、ベロクラブのスタジオに招待されて、「パンターニがクラックし、太陽が出た、これが今日の勝因。エラスがカーブで曲がり損ねて、最後に区間優勝をゴールで競り合うことができず、彼には気の毒だった。」と語った。 レース中には、アナウンサーがエラスが落車したとたん、「彼の表彰台は、これでなくなった」と叫んでいた。エラスはTTが苦手なので、山岳が鍵になる。本当に手痛い落車だった。 最後に、「休息日に、クールシュベルの上りで走り込みをした時に、太陽が戻ってきて嬉しかった」と。
また、ちょっと気の毒?だったのが、彼がフランス語で話そうとしたら、スタジオの解説者が、「同時通訳するから、英語で話していいよ」と言ったこと。彼のフランス語は、ちょっとまだ不充分なもんで。途中クラックしたにもかかわらず、レース直後のインタビューに、笑みを浮かべて対応していたのにはびっくり。イエロー引渡しにはならず、とにかく、ほっとしたのだろう。
また、プロトンからかなり遅れて到着したバックステット。ゴール直後にインタビューしようとしたが、彼は息があがっていて、暫く全くしゃべれる状態でなかった。インタビューアーが時間をあけてから、コメントを取った次第。そして、「タイムアウトにはなんとかならずに済んだので満足」と語っていた。ジューリックは、「今年は、僕の年じゃない。」と。
だから、先日クールシュベルのゴールでは、アームストロング、パンターニ、マンセボらのマイヨー授与が終わってから、ザベルの緑のジャージ授与まで、かなり間があいた。
配るグッズはたいしたことはないのだが、それでも大人も子供も、なんとなく、誘われて投げ込まれるグッズに群がってしまう。 その子もグッズ目当てに飛び出して、轢かれた模様。ツール関係者はショックを受けていた。ご冥福をお祈りしたい。 そのせいか、あの事故のあと、キャラバンのグッズ配布が変わった気がする。いつも、足元めがけて投げつけるのだが、心なしか、遠くをめがけて投げて、必ずグッズが(車道でなく)歩道にばらまかれるよう、配慮しているような気がする。
周辺には美しい山小屋が立ち並んでいる。パンターニは山中の応援を一身に受けていて、それが力となって乗り移っているかのような、魔物のようなオーラを感じた。ゴール手前2km地点でヒメネスを引き離しにかかっていた。
後続はランスとエラス。最終的にパンターニから遅れること41秒でヒメネス、パンターニから50秒遅れでランスとエラスがゴール。
ベルトランは、彼にしてはズルズル後退してしまい、残念。レース後疲れた様子で宿に戻ってきた。
第18ステージ :アレクサンドル・ヴィノクロフ残念! ( 7.20 22:30 )
今日のゴール地点となったフライブルクの町は、ものすごい数の人々で埋っており、唖然。フランスでは、ツールは何箇所も立ち寄るので、ファンの数も散らばるのだろうが、ドイツでのツールは、今日と明日のフライブルグのみ。ドイツ中から人が来たのではないかと思うほど、ものすごい人。
ケルメとコフィディスと同じホテルになった。ここのホテルは大きいので、多分どこかのチームと一緒だろうと思っていたが、残念ながらマペイではなかった。
第17ステージ: エリック・デッケルが涙の優勝 ( 7.19 24:00 )
昨日、ゴール手前でカーブをまがりそこなって、転倒、自転車前輪は曲がり、換えの自転車をとるあいだに、区間優勝の可能性をフイにしたエラス。新聞でインタビューを読んだ。あの時何が起こったのか?と聞かれたが、暫く答えに間があいた。
第16ステージ:リシャール・ヴィランクが最後の山岳で優勝 ( 7.18 22:30 )
山岳ステージ最後の勝負所
アームストロングは、レース直後、「最後の上りで糖分が欠乏し(血糖値が下がり)、エネルギーが切れた。ゴールできてハッピーだ。とにかくパニックにならず、セルフコントロールを心がけた。今までのレースの中でも、ものすごくタフだった。」と述べた。
ジャジャ、「やっと山が終わったよ。」と語る。今回のレース展開が、こうなってしまった原因については、「今回の自分には、野心が欠けていた。」とし、ニコラのこの日のリタイヤについては(疲労でリタイヤ)、「あと残すところ数日なので、残念。ニコラは自分の後ろにいたので、彼がリタイヤするのがわかった。」と。
マイヨー授与のタイミングにつきちょっとコメント。(黄色、緑、水玉、白などの)マイヨーの授与は、ゴール到着次第行う。だから、平地でないステージでは、区間優勝者のマイヨージョーヌ、山岳賞の選手のマイヨーグランペールの授与などをしたあと、緑のスプリントジャージの授与まで、かなり間があく。スプリンターは、クライマーよりも、かなり後にゴールするからだ。
休息日 ( 7.17 22:30 )
休息日、マペイは街に走りに行ったが、故障気味のベルトランは先にホテルに帰って、庭でのトレーニングにスイッチ。
私がフランス入りした当日、ツールのキャラバンに轢かれた子供のニュースをやっていた。そして、昨日、その子が死去したというニュースが続報であった。ツールのキャラバン隊は、ツールグッズをばらまきに、レース1時間ほど前にコースを通過するのだが、そのグッズ目当てに人が群がって、結構危ない。
テレコムチームの選手がみな練習を引き上げても、グエリーニだけは、もくもくと走っていた。
第15ステージ : マルコ・パンターニがアルプスで優勝
( 7.16 23:30 )

観戦初日。天気予報がはずれ、快晴となったものの、気温は東京の真冬なみ。朝は7度、最高でも13度ほど。